悪性リンパ腫で頸椎溶けたことなど。

骨原発なホジキンリンパ腫患者の記録

自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法の経過と感想

大量化学療法(MEAM療法)の最後の抗がん剤であるアルケランの投与の翌日に自家末梢血幹細胞の移植を行なった。移植当日の白血球数は3000台。移植から3日後に100で、その後しばらく0で、移植後5日目からG-CSF製剤の注射(250µg/日)を開始、10日目に700になり、14日後に7000まであがり、その後は3000台で推移、21日後に退院した。血小板も一時期2万を切ったが、退院の日には19万くらいまで回復した。ただ、血小板の減少がなかなかシビアだったので、3回ほど輸血を受けてしまった。血小板の輸血は体に発疹がでやすいそうだが、そもそも血小板の輸血を受けるときは白血球が0か100とかだったので、そもそもアレルギー起こりようが無さげだったのが幸いしてか、発疹は全くでることなく乗り切れた。

 

大量化学療法の副作用で一番気をつけていたのは白血球減少時の感染だったのだが、幸い感染は完封できた。しかし、一番辛かったのは、あまり事前に注目していなかった粘膜毒性だった。とりあえず、口の中から肛門までのすべての消化管の上皮が破壊されている感がすごくて、おなか痛すぎて辛かった。下痢もひどかったし(おむつ必須)、水を飲んでも吐くし、とくに何も口に入れなくても緑色の胆汁酸が出てくるしで、なんだかもう、ただひたすら耐え難きを耐えるだけの日々が5日間くらい続いた。高カロリー点滴だけで生きていた。高カロリー点滴の糖源がグルコースだけなのががん細胞を助長しそうで嫌だったのだが、全く食べられないのだからしかたがなかった。BMIは16から15に減った(もともとガリガリなのが更に痩せた)。大量化学療法のときのおなかの痛さに対しては医療用麻薬を使ったりもするらしいのだが、自分はトラマール/トラムセットやジプレキサザイティスというような中枢神経に効く系の薬の副作用で大変だったことがあるので、なるべく麻薬は使わないでがんばろうと思い、ロキソニンでお茶を濁して、最後までロキソニンで押し切った。

 

また、自家移植に伴う副作用に「生着症候群」というものがあるらしいのだが、不勉強で全くのノーマークだったのだが、これで大変な思いをした。具体的には、生着したころに40度台の熱がでた。吐き気も下痢もやっと落ち着いたと思ったら、今度は高熱に襲われ、またしても食事ができない日々が続いた。当初は、何らかの感染じゃないかということでいろいろな抗生剤が投与されたのだが熱は下がらず、CTを撮っても体に炎症はなさそうということで、生着症候群?となり、あの有名なステロイド剤であるプレドニンを投与された。その後、全く熱が出なくなり、ようやく元気になることができた。

 

元気になった後は、無菌室ライフをエンジョイすべく、ひたすら論文を書いたり図表を作ったりして過ごせた。

 

MRIを撮ったのだが、腫瘍は少なくとも悪くはなっていないだろう、という診断だった。治療効果はともかく、ひとまずこの治療を生き残れたことに感謝したい。

 

今月下旬にPET-CTを撮る予定。頸椎前面の腫瘍は放射線で焼き切れていると信じたい。運命や如何に。