26歳で悪性リンパ腫になった生物系大学院生

混合細胞型ホジキンリンパ腫 (第4頸椎の生検) . 頸椎・腰椎・肩甲骨・腹部リンパ節に散在 (治療前のPET-CT). ABVD4コース時点で第4頸椎以外はPET陰性になるも, 5コース目では第4頸椎が増悪, ESHAPを1コースでSD, ICEを4コースでPR, その後は放射線治療46Gyで自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法になだれ込み, 社会復帰しつつアドセトリス15コース施行. 現在経過観察(2020/04). ~頸椎後方固定したおかげで首が動かせず、物理的に前向きなった(笑)~

元がん患者と開示した上での新卒枠での就職活動の結果および考察

元がん患者と開示した上での新卒枠での就職活動の結果および考察

 

背景

今年の3月に大学院を卒業し,また3月で再発予防の抗がん剤も終了した. 今年はポスドクとして研究室に残るが,来年の予定は全くの未定である.

一般的に,AYA世代がん患者の就職活動は困難であるという. 本人の体力的・病状的な問題を雇用する側がリスクと捉えるのは当然である. 一方で,病人の立場からすれば,再発無くしばらく生き残ってしまった場合,あるいは再発はしても入院とまではいかなかった場合,経済的収入源・社会的接点を保つことは生きていく上でどうしても必要な要素になる.

私にとって選択肢は2つあった. 1つは研究者としてのキャリアを続け, つまり大学や公的な研究機関などのアカデミアと呼ばれる世界で働くこと. もう1つはアカデミア以外の仕事を探すことである.

              研究者としてそこまで優秀とは言えない私がアカデミアで働くということは,少なくともしばらくは(あるいは死ぬまで)非正規雇用で少ない賃金で更にそこから奨学金を返済して極めて少ない可処分所得の中で生きていくという,精神的にも体力的にも健康に悪そうな生活が続くことを意味する. 加えて, 自分の専攻は植物であるのだが,幾多の抗がん剤治療によって低下した免疫力では感染リスクが非常に高いため,植物を日常的に触るのは控えた方がよいと医師に勧められている。以上の理由により,私は人生の舵を少なくとも一旦は非アカデミア方面に取り,学界及び植物界を脱し,実業界あるいは官界に転進, あるいは戦略的撤退することを目論んだ.

 

目的

  1. 今回の就職活動の目的は, 「過度に残業の多くない会社ないし組織から内定を取得,できれば多少はこれまでの経験が活かせそうな仕事ならばなお良い」とした.
  2. 加えて, 今や立派ながん患者となった自分が内定を取得するためにどのくらいの労力が必要なのかということを, 今後の人生(大して長くはないだろうが)の参考のために体感しておくことも目的とした.

 

方法および結果

・転職市場ではなく新卒市場を優先

私は雇用契約を締結したことがないという意味では新卒(卒業後3年以内の既卒含む)採用の対象となりうる一方で, 職歴がついているという意味では転職市場への参入も可能であるという身分であった. 自分としては, いわゆる社会人としての自覚がゼロであり, 会社に入るなら新卒扱いを受けてみたいというところもあり, まずは春に新卒枠での就活を行い, すべて落ちてしまったら秋から冬にかけて転職活動, つまりは中途枠での就活を行うこととした.

             ただし, 既卒の就活は新卒のように枠が広くはない. つまり, 多くの企業が行う新卒採用の募集条件には, 「2020年3月卒業(修了)予定」と書かれており, 既卒はほとんど対象外である. ただ, 厚労省からの採用関連の通達を守る大手企業などは, 既卒も可(場合によっては就労経験があっても可)の会社もある. また, 当然といえば当然だが, 公務員系はこのルールを守っていないところは調べた限りではなさそうだった.

 

・大学のキャリアセンターは病人に公務員を勧める

情報収集の一環として, 3月の修了式前, つまりまだ学生の身分だった時に, 大学のキャリアセンターのアドバイザーにアポをとり, 自分の就活戦略についてのアドバイスを求めた. その結果, アドバイザーのかたは「前科歴のある人, 障がいのある人, 持病のある人の就活は非常に厳しいものがある」としたうえで「基本的には病気のことを隠して就活すべき」とのアドバイスをいただいた. さらに, 「障害のある人, 持病のある人は福利厚生を考えると公務員を勧める」とも仰っていた.

 

・春の新卒就活では病気を隠さないことにした

大学のキャリアセンターのアドバイザーのかたは、「病気であることを隠したとしても法律上は問題ない」と言ってくれた. しかし,民法でいうところの信義誠実の原則に触れそうで私は怖く, 少なくとも春の新卒枠での就職では, 病気については履歴書ないしエントリーシートに明記していくことにした.

 

・製薬業界および公務員(系)で就活

次に, どの業界を目指して就活をするかを考えた. そもそも病気にならなければ, 自分はアカデミアないし農業バイオ系業界に進みたいと思っていたが, 上述の体力的免疫的理由(あるいはそもそもの能力不足による見込みのなさ)から, これらの業界は避けた. 就職活動にあたっての自分の武器としては, 生命科学系での研究経験, 簡単な統計解析はできる, 昨年度の国家総合職試験に合格しているので官庁訪問が可能, だけであった. 

私が思いつくのは製薬業界であった. 幾多の抗がん剤治療をしてきた私としては,新薬を作ることに魅力を感じた. ただ, 製薬は薬学・医学の範疇であり, これまで植物を研究してきた私には創薬研究職の適性はほぼない. そこで, 開発職か薬事職での募集を調べた.

公務員のガイダンスにも参加した. 霞ヶ関の省庁の中でホワイトな職場として有名な官庁の説明会には何度か参加した. また, 製薬系と同じモチベーションで, 医療・健康系の独立行政法人の説明会にも参加した.

 

・実際の就活結果

エントリーシートを送ったor 面接を受けたのは,某官庁と医療・健康系の某独立行政法人および製薬会社2社だった. 某官庁については官庁訪問1日目で不採用となった. 医療・健康系独立行政法人からは内定をいただいた. 製薬会社2社のうち, 1社は書類選考で落ちた. 1社については面接試験まで進んだが, そのころ先述の独立行政法人に内定をいただいていたので辞退した.

 

考察

・当初の目的の達成の度合い

1つめの目的である, 過度に残業の多くない会社ないし組織から内定を取得,できれば多少はこれまでの経験が活かせそうな仕事ならばなお良い, であるが, これは概ね達成できたと思われる. 現在の主治医の後輩が内定先に勤めていたことがあるそうだが, 少なくとも医師として働くよりは全然楽な職場であるとのことである(そもそも医師が大変すぎるのであまり参考にならないが). 転職サイトの評判でも1日の残業時間は1-2時間といったところなので, 現在の労働時間よりも少ないと期待している. また, これまでの経験を活かせそうかという観点では, 広く考えて生物系の知識は活かせそうと言うことと, 患者としての経験も活かせそう, また統計についてはそのまま活かせそうなのでクリアしていると思っている.

2つめの目的については, まず, 就活においては東京に住んでいるか否かが非常にクリティカルな要素であると感じた. 特に, (元)がん患者を受け容れる体力のある企業ないし公的機関は多く東京に集まっている. たとえば自分が札幌に住んでいたとしたら, 今回の就活と全く同じ組織を受けていたとしたら, 札幌-東京間の往復にかなり疲弊していたと思う. つまり, 就活における体力問題に関しては, 身も蓋もないが東京に住んでいることによって大幅に労力を短縮できた, という結論になる.

加えて, 昨今の就活における売り手市場が私にも恩恵をもたらしたのかも知れない. いわゆる就職氷河期時代であったら, 絶対就職できなかっただろうと思う. 現在所属している大学の研究室のM2やB4のかたたちも, 名だたる一部上場企業から内定を得ている. その流れが(元)がん患者にも恩恵をもたらしたような気がする.

              つまり, 2つめの目的に関していえば, 就職活動先の組織と現住所との距離, およびそのときの社会の景気に大きく左右されるような気がした(あまり良い考察になっていないので書き直すかも知れない).

 

・病気であることを隠さなかったことが不合格となった理由になったとは思えない

不合格となった2つの組織を含め. 病気であると開示したことによる不利益な扱いを受けているとの印象はなかった. まず, 最初に書類で不合格になった某製薬会社であるが, もしかしたらこれは病気と書いたことが大きく悪い方向に響いたのかも知れないが, それよりも昨今はやりの動画選考なるものの失敗が大きかったように思う. 部屋で上半身だけスーツを着て, パソコンのディスプレイの上にあるカメラを見つめて指定された質問に答えていく, というものなのだが, 愛想良くテンポ良く話すのが非常に難しかった. 提出書類自体の文章はよく推敲できたと思うのだが, この動画撮影にあまりに適応できなかった, というか, 必要な準備を怠ったのが不合格の理由だと思う.

また, 不合格となったもう1つの組織である某官庁であるが, 既合格者官庁訪問であまりに待ち時間が長く, 面接の最後のほうは完全に体力を失ってしまった. 志望度は高かったのだが, 面接4人目あたりから頭が回らなくなり, 5人目で「今いちばんしたいことはなんですか?」と聞かれた際は「(早く帰りたい. . .)」という気持ちが一番に出てきてしまい答えに詰まってしまった. 当然ながら落ちた.

 

・病気であることを隠さなかったことは結果的にプラスだった気がする

製薬会社と医療・健康系独立行政法人に対する就活において, 「自分が病気なので, 自分のように困っている人の助けになりたい」的な志望動機はおそらく受けがよかったように思う. 当然ながら健康リスクを自ら開示することにはなったが, そこも誠実さアピールとして転換できたかもしれない. さらに, 隠し事をしていることによる後ろめたさ的なものを感じずに就職活動できたのは精神安定のためにも良かったと思う. とはいうものの, 結局はサバイバーバイアスがかかっていると思うので, ほとんど参考にならない気がしてきた.