26歳で悪性リンパ腫になった生物系大学院生

混合細胞型ホジキンリンパ腫 (第4頸椎の生検) . 頸椎・腰椎・肩甲骨・腹部リンパ節に散在 (治療前のPET-CT). ABVD4コース時点で第4頸椎以外はPET陰性になるも, 5コース目では第4頸椎が増悪, ESHAPを1コースでSD, ICEを4コースでPR, その後は放射線治療46Gyで自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法になだれ込み, 社会復帰しつつアドセトリス15コース施行. 現在経過観察(2020/04). ~頸椎後方固定したおかげで首が動かせず、物理的に前向きなった(笑)~

自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法の経過と感想

血球の回復経過

大量化学療法(MEAM療法)の最後の抗がん剤であるアルケランの投与の翌日に自家末梢血幹細胞の移植を行ないました. 移植当日の白血球数は3000台. 移植から3日後に100で, その後しばらく0で, 移植後5日目からG-CSF製剤の注射(250µg/日)を開始, 10日目に700になり, 14日後に7000まであがり, その後は3000台で推移, 21日後に退院しました. 血小板も一時期2万を切りましたが, 退院の日には19万くらいまで回復しました. ただ, 血小板の減少がなかなかシビアだったので, 3回ほど輸血を受けてしまいました. 血小板の輸血は体に発疹がでやすいそうだが, そもそも血小板の輸血を受けるときは白血球が0か100とかだったので, そもそもアレルギー起こりようが無かったのが幸いしてか, 発疹は全くでることなく乗り切れました(基本的にアレルギーは白血球がないと起きません).

 

辛かった副作用その1---粘膜毒性

大量化学療法の副作用で一番気をつけていたのは白血球減少時の感染でしたが, 幸い感染は完封できました. しかし, 一番辛かったのは, あまり事前に注目していなかった粘膜毒性でした. とりあえず, 口の中から肛門までのすべての消化管の上皮が破壊されている感がすごくて, おなか痛すぎて辛かったです. 下痢もひどかったし(おむつ必須), 水を飲んでも吐くし, とくに何も口に入れなくても緑色の胆汁酸が出てくるしで, なんだかもう, ただひたすら耐え難きを耐えるだけの日々が5日間くらい続きました. 高カロリー点滴だけで生きていました. 高カロリー点滴の糖源がグルコースだけなのががん細胞を助長しそうで嫌だったのだが, 全く食べられないのだから, しかたがありません. BMIは16から15に減った(もともとガリガリなのが更に痩せた). 大量化学療法のときのおなかの痛さに対しては医療用麻薬を使ったりもするらしいのですが, 自分はトラマール/トラムセットやジプレキサザイティスというような中枢神経に効く系の薬の副作用で大変だったことがあるので, なるべく麻薬は使わないでがんばろうと思い, ロキソニンでお茶を濁して, 最後までロキソニンで押し切りました.

 

辛かった副作用その2---生着症候群による40度

また, 自家移植に伴う副作用に「生着症候群」というものがあるらしいのですが, 不勉強で全くのノーマークでした. これで大変な思いをしました. 具体的には, 生着したころに40度台の熱がでました. 吐き気も下痢もやっと落ち着いたと思ったら, 今度は高熱に襲われ, またしても食事ができない日々が続きました. 辛かったです. カップラーメンを食べまくるブログ, みたいなのをひたすら見てました. 当初は, 何らかの感染じゃないかということで, いろいろな抗生剤が投与されましたが熱は下がらず, CTを撮っても体に炎症はなさそうということで, 生着症候群?となり, あの有名なステロイド剤であるプレドニンを投与されました. その後, 全く熱が出なくなり, ようやく元気になることができました.

 

元気になった後は, 無菌室ライフをエンジョイし研究生活に復帰するぞという意気込みを体現すべく, ひたすら論文を書いたり図表を作ったりして過ごしました. MRIを撮ったのですが, 腫瘍は少なくとも悪くはなっていないだろう, という診断でした. 治療効果はともかく, ひとまずこの治療を生き残れたことに感謝したいです. 今月下旬にPET-CTを撮る予定です. 頸椎前面の腫瘍は放射線で焼き切れていると信じたい. 運命や如何に.

 

20190714

見出しを追加してですます調にしました.