悪性リンパ腫で頸椎溶けたことなど。

骨原発なホジキンリンパ腫患者の記録

大量化学療法後のPET-CTの結果と肺炎

自家移植後5週間後にPET-CTを撮った。結果は、第4頸椎へのFDG集積は有意ではなかった。リンパ腫の病変を疑うような別部位への集積もなかった。遂に「寛解」の二文字を、一時的なものであるかもしれないとしても、得ることができた。とてもうれしかった。

 

しかし、肺と胃にFDG集積が認められた。実は、PET-CTを撮る前の1週間ほど、右肺がゼーゼーしていて、熱も出ていたのだが、予想通り、肺炎になっているようだった。胃については、食欲不振などもなかったため、思い当たる節は全く無かった。この肺炎らしき影と胃の集積がなんなのかを調べるため、PET-CTの結果を聞きに行ったその日に入院することになった。

 

胃のFDG集積について、胃に炎症が起きているか否か、また炎症があった場合にそれはなんなのかを確認するための胃カメラと生検を行なった。結果、胃にはまったく炎症はないということだった。PET-CTでは、消化管の蠕動運動に応答してFDGが集積することがあるらしく、今回の胃への集積はそれであろうという結論で、胃に関しては無罪放免となった。

 

肺のFDG集積について、考えられる原因は、悪性リンパ腫の転移、ウイルス感染による肺炎、細菌感染による肺炎、免疫異常による器質化肺炎の可能性が考えられた。まず、悪性リンパ腫の転移については、CT画像上での影がリンパ腫に典型的ではないということと、第4頸椎以外にもかつてあった全身の転移については初回治療であるABVD療法の時点で全て消失させられているであろうということで、完全に否定はできないものの有力候補からは除外された。また、ウイルス・細菌感染については、サイトメガロウイルスマイコプラズマ、アスペルギルス、b-glucanなどはすべて陰性で、血液培養でも特に何も検出されなかったということで、これらも原因の有力候補から除外された。

消去法的に残された原因の候補は、自家移植後の免疫の異常による器質化肺炎であった。この可能性を検証するためには、気管支鏡による検査やあるいは外科的に生検する必要があるのだが、CT上で確認される影があるのは気管支鏡で届きにくい場所にあることや、自家移植後の生着症候群がひどかったことなどからこの可能性の蓋然性が高いということから、確定診断なしに、ステロイド剤(プレドニン)による免疫抑制を試みることになった。その結果、発熱と肺のゼーゼーが収まり、またレントゲン上での肺の影も薄くなったので、しばらくはこれで様子を見ようと言うこととなり、年の瀬ぎりぎりで退院できた。2016年の年末は頸椎の後方固定術直後で、病室で年を越したので、家に帰れてとてもうれしかった。

 

今後は1週間ごとに通院し、レントゲンを確認しつつ徐々にステロイドの量を減らすという方向になった。本来であれば、器質化肺炎に対するステロイド剤投与は1ヶ月単位で減量していくものなのだが、今回は自家移植後ということもあり、免疫機能を落とし続けることのリスクを鑑みて、通常より速いペースでステロイド減量をすすめることになった。ステロイドが多いと感染が怖いので外出も不自由だし、何より熟睡できないので、自分としてもこれは都合がよかった。とにかく肺が早く治って、それが少しの間だったとしても研究室に復帰してかりそめの研究生活を少し楽しみたい。

 

2018年も当面はこのブログを続けていこうかと思っています。よろしくお願いします。

自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法の経過と感想

大量化学療法(MEAM療法)の最後の抗がん剤であるアルケランの投与の翌日に自家末梢血幹細胞の移植を行なった。移植当日の白血球数は3000台。移植から3日後に100で、その後しばらく0で、移植後5日目からG-CSF製剤の注射(250µg/日)を開始、10日目に700になり、14日後に7000まであがり、その後は3000台で推移、21日後に退院した。血小板も一時期2万を切ったが、退院の日には19万くらいまで回復した。ただ、血小板の減少がなかなかシビアだったので、3回ほど輸血を受けてしまった。血小板の輸血は体に発疹がでやすいそうだが、そもそも血小板の輸血を受けるときは白血球が0か100とかだったので、そもそもアレルギー起こりようが無さげだったのが幸いしてか、発疹は全くでることなく乗り切れた。

 

大量化学療法の副作用で一番気をつけていたのは白血球減少時の感染だったのだが、幸い感染は完封できた。しかし、一番辛かったのは、あまり事前に注目していなかった粘膜毒性だった。とりあえず、口の中から肛門までのすべての消化管の上皮が破壊されている感がすごくて、おなか痛すぎて辛かった。下痢もひどかったし(おむつ必須)、水を飲んでも吐くし、とくに何も口に入れなくても緑色の胆汁酸が出てくるしで、なんだかもう、ただひたすら耐え難きを耐えるだけの日々が5日間くらい続いた。高カロリー点滴だけで生きていた。高カロリー点滴の糖源がグルコースだけなのががん細胞を助長しそうで嫌だったのだが、全く食べられないのだからしかたがなかった。BMIは16から15に減った(もともとガリガリなのが更に痩せた)。大量化学療法のときのおなかの痛さに対しては医療用麻薬を使ったりもするらしいのだが、自分はトラマール/トラムセットやジプレキサザイティスというような中枢神経に効く系の薬の副作用で大変だったことがあるので、なるべく麻薬は使わないでがんばろうと思い、ロキソニンでお茶を濁して、最後までロキソニンで押し切った。

 

また、自家移植に伴う副作用に「生着症候群」というものがあるらしいのだが、不勉強で全くのノーマークだったのだが、これで大変な思いをした。具体的には、生着したころに40度台の熱がでた。吐き気も下痢もやっと落ち着いたと思ったら、今度は高熱に襲われ、またしても食事ができない日々が続いた。当初は、何らかの感染じゃないかということでいろいろな抗生剤が投与されたのだが熱は下がらず、CTを撮っても体に炎症はなさそうということで、生着症候群?となり、あの有名なステロイド剤であるプレドニンを投与された。その後、全く熱が出なくなり、ようやく元気になることができた。

 

元気になった後は、無菌室ライフをエンジョイすべく、ひたすら論文を書いたり図表を作ったりして過ごせた。

 

MRIを撮ったのだが、腫瘍は少なくとも悪くはなっていないだろう、という診断だった。治療効果はともかく、ひとまずこの治療を生き残れたことに感謝したい。

 

今月下旬にPET-CTを撮る予定。頸椎前面の腫瘍は放射線で焼き切れていると信じたい。運命や如何に。

放射線治療その2- 46Gy照射後の副作用とPET-CTとMRIでの評価と今後の予定

46Gyという照射量はホジキンリンパ腫にしてはなかなか多いのではないかと思う。腫瘍を消すためになるべく多く照射したいけど脊髄には50Gy未満しか掛けられないから46Gyかな、ということで決まった照射量。高まる線量、高まる不安と二次発がんのリスク。北海道はすっかり冬だなあ。

 

副作用ですが、照射しているうちは喉がイガイガするくらいだったのが、46Gyを終えて2日間ほど経ったあとから猛烈に喉が痛くなった。飲み込むたびに涙が出るくらい。痛み止めを飲もうかなと思ったけど、「今日より明日の方が痛いときのために今日は痛み止めを飲むのを止めておこう」という謎の心理で結局、飲まなかった。「こりゃ痛くてたまらんわ~」という時期は4日間くらい続き、その後は割とすぐ落ち着いた。落ち着いてメタルキングを狩りまくった。DS版DQ5の新キャラのデボラがあまりにも強い。

 

PET-CTを撮った。小さくなっているものの、頸椎前面の集積が見られた。また、全身の他の部位への転移を疑う集積はなかった。部分寛解での状態で自家移植併用大量化学療法になだれ込む運びになった。なだれ込み。5年全生存率が20%弱のパターン。悟り。

MRIでも、頸椎前面の腫瘍的な信号は小さくはなっているものの未だに消失せず存在していた。

もちろん、楽観的に解釈すれば、PET-CTでの頸椎前面の集積は放射線治療後の炎症で、MRIでの信号は消失過程にある信号を捉えたものと考えられなくもない。ただ今までの経過からしてそれは無理な解釈に思える。

 

明日から大量化学療法が始まる。「移植前処置」はMEAM療法で行なうことになった。非常にどうでもいいが、「移植前」という言葉がつくと、「移植こそがメインであり、前処置はサブ」という印象になるが、これは移植による殺腫瘍効果が期待できる同種移植においては正しいものの、抗がん剤自体の力を当てにしている自家移植併用大量化学療法については、適切ではないと思う。

 

この前処置は、これまでに受けた治療の中で最も治療関連死の確率が高いので、無菌室での個室ライフをエンジョイしつつ、なんとか生還したい。上手くいけば、今回の特別国会が閉会するまでには、この大量化学療法のことを記事に出来るかもしれぬ。

放射線治療その1 22Gy照射時点での副作用とMRIでの評価について

さきほど1日2Gyの照射の12回目を終え、放射線治療科の先生の診察を受けてきた。

 

副作用は、照射部位である首の左右のサイドの皮膚が赤みを帯びている(前面は照射されてないので赤くない)のと、食道の上のほうがイガイガする、例えて言うなら、お酒をたくさん飲みすぎた翌日、あるいは大声で叫んだあと、みたいな感じのイガイガ感。

という感じで、照射部位が痛くてたまらん!という事態は避けられた模様。痛くてたまらん場合は食事前に痛み止めを飲むらしいが、まだ飲んだことはない。

 

副作用を避けるための努力としては、皮膚に関しては放射線治療科で進められた保湿剤の利用と、入浴時に体を洗うときにこすらずに泡を乗っけるだけにする(しかも専用のめっちゃ高い石鹸で)ということ、また、食道のイガイガ対策については、病院食のご飯をお粥にしてもらうこと、食事の時以外マスクをし続けること、毎食後すぐに歯磨きして食道に近い口腔内だけでもせめて清潔に保つこと。放射線でただでさえダメージを受けている食道上皮に、感染によって炎症が起きたらさぞかし痛かろうと思って。しかし、これらの対策がどのくらい有効なのかは勿論不明。

 

効果ですが、救援化学療法として行なっていたICEの4回目のあとの無治療期間にレントゲンでハッキリと分かるくらい増悪していた第4頸椎前面の腫瘍は、16Gy照射後のレントゲンではほとんど目立たなくなっていた。ので、それなりに効いているとは思う。

ただ、先ほどの診察では、放射線の主治医はICEの2回目のあとのMRIと22Gy終了時点である昨日撮影したMRIとを比較し、「劇的に小さくなっているとは言えないが少なくとも悪くはなっていない」という表現をしていた。また、当初の予定では40Gyの照射であったが、これを延ばす予定である、ということも言っていた。具体的にどうするかは今日これからあるセミナー?症例検討会?みたいなので決めるとのこと。

 

レントゲン同士の比較では効果は明らかだったので、治療期間を延ばすことで完全な局所コントロールが可能となるならばまあ良しかな、と思うことにして、治療が再度延びるということでなんだかんだで受けてしまった精神的ダメージを和らげることにする。明治のスーパーカップを食べながらDS版のDQ5でフローラを救出しつつ。

 

放射線治療については、また何か区切りが付いたら書いておこうと思う。

救援化学療法その3- ICEの治療効果のPET-CTによる判定

前回、ICE療法2コース終了後のMRIの判定で、結果がとても良かった件について書きましたが、今回はICE療法4コース後のPET-CTの結果とその後の予定について書きます。アフェレーシスについては気が向いたら書くことにします。

 

PET-CTを、ICE療法4コースの2週間後くらいに受けました。前回、PET-CTを受けたのがABVDの4コース終了後で、そのときは第4頸椎でのFDG集積が見られていたのですが、今回も、小さくはなっていたものの第4頸椎での集積が見られました。画像診断科の医師のレポートの表現を借りると「縮小および残存を認める」というやつです。ICE療法の目的が寛解導入だったので、その目的は果たされなかったということになります。南無三。しかも、肺に新たな集積が見られました。結局、肺の影はPET-CTを撮ってから、無治療で5日後くらいに撮った造影CTではかなり薄くなっていたので、器質化肺炎か何かだろうということになり、体に残存しているホジキンリンパ腫は第4頸椎の部分のみであろう、ということになりました。

 

ESHAP療法の記事に書いたように、自家移植併用大量化学療法のまえに寛解導入できたほうが予後がよいので、なんとかかんとか寛解導入をしたいところなのです。しかしこれ以上、化学療法を続けても、これだけいろいろ試して消すことが出来ていない腫瘍を消すのは困難だろうという血液内科の主治医の先生の見立てのもと、放射線治療を行なうことになりました。

 

放射線治療の良い点は、局所的な腫瘍に対する寛解導入の成功率が高く、またホジキンリンパ腫にはよく効くことが知られていることです1)。また、化学療法の時のような全身的な副作用もないです。欠点は、放射線を当てていない部位については野放しなので、もし体の別の部位に転移があった場合は、そこの場所については時間のみ経過し、悪化の一途を辿ってしまうということです2)。また、今回は第3頸椎から第5頸椎を狙って照射するのですが、これがちょうど喉のところなので、喉が痛くなったり、声が出づらくなるという症状が一時的に出る予定です。

 

放射線治療は1日2グレイを照射していくのですが、これにかかる時間が15分程度とのことなので、通院での治療も可能だそうです。しかし、私は実家から病院までの距離が遠いため、入院で治療することになりました。抗がん剤の時は、全身がだるく、血球も減少していたので、変な言葉ですが、「入院し甲斐」があったのですが、今回の放射線での入院は、なまじ全身は元気なだけに、体力が余り、夜も寝付けないぜ、という状況です。無力と孤独の夜を眠気が迎えに来てくれるまでひたすら待ち続ける感じ(睡眠導入剤使用で)。まあ仕方が無いんですけどね。

今度は放射線治療がある程度すすんだらその感想を書きたいと思います。

 

1) かつてABVD療法を始める際に、「20代のホジキンリンパ腫ならABVDで90%以上は治るよ」と言われていたことを思い出した。そもそも骨原発のホジキンリンパ腫は、放射線科の担当医の先生も初めて見たらしい。このような珍しい症例に、一般的な「ホジキンリンパ腫には放射線治療がよく効く」という命題がどこまで通用するのかが問題だ。

2) 先のPET-CTでの肺の集積が転移だろうという判断であれば、放射線治療にはならず、アドセトリスという分子標的薬の投与で寛解導入を図るということになっていた。ただ、アドセトリスは効果は高いものの単独での完全寛解の導入率は、放射線治療ができたときに比べて高くないので、この肺の影については、ひやひやしていた。本当はまだ安心していないけど。

救援化学療法その2 -ICEの副作用と治療効果の途中経過-

ESHAP療法があまり効かなかったので、ICE療法を行なうことになった。

ICEとは、イホマイド(ナイトロジェンマスタードの一種。アルキル化剤。嫌だー)、カルボプラチン(白金製剤)、エトポシド(トポイソメラーゼII阻害剤)の頭文字をつなげたもの。

 

治療期間ですが、ESHAPが5日間だったのに対し、ICEは3日間で少しだけ短かい。これはとてもありがたい。

 

副作用は以下。

残尿感:イホマイドの影響か。一週間くらい。

吐き気:吐くほどではないけど吐き気(治療終了後3日間くらい)

食欲不振:同一週間くらい。

脱毛:眉毛とまつげ以外の全身のあらゆる毛が抜けた。後頭部の髪が無いと、頭を壁にもたせたときに皮膚がぺたぺたするという、新感覚。

腹痛:たぶん腸管粘膜障害。下痢では無いけど4~5回便が出る感じ。

 

治療効果ですが、良かった。ESHAP療法後、3週間1コースのこのICE療法を2コース、入院で行なった。1コース終了時点で喉の腫れてる感はかなり無くなり、レントゲンでも明らかに膨らみは小さくなってた。また、2コース終了時点でのMRIでは、腫瘍は約80%減になってた。このときCRPは久しぶりに0.05未満になった。主治医の先生も嬉しそうだった。母も喜んでくれた。周りのみんなが喜んでくれると、なんだか褒められているような気持ちになる。という束の間の黄昏。

これくらいの治療効果が得られていれば、ICEでの寛解導入も可能であろうという判断で、あと2コースICEを行なうことになった。その後PET-CTの予定。また、自己末梢血幹細胞の採取(アフェレーシス)を、このMRI撮影の1週間後くらいに行なった。アフェレーシスについては、別記事に簡単にまとめようと思う。アフェレーシス前にPET-CTをしていないことについての心配についても書いてみる。

妊孕性保存についての後悔

妊孕性(にんようせい、と読むらしいです)とは、文字通り妊娠のしやすさ(してもらいやすさ)のことを意味します。

 

化学的な抗がん剤は、単にがん組織を攻撃するだけではなく、体のあちこちの組織や器官にダメージを与えます。ダメージは骨髄や消化管上皮などだけではなく、生殖器官にも及びます。つまり、抗がん剤によって妊孕性が失われる可能性がある、ということです。

 

私の後悔とは、「ああ、最初に抗がん剤する前に精子凍結しておくんだった」というものです。

 

当初、ホジキンリンパ腫の標準療法であるABVD療法で治療をしていました。このABVD療法の開始前に、医師からは「あなたのケースならこのABVD療法で9割は治る」ということと、「ABVD療法で男性不妊になることは稀で治療終了後半年ほどで妊孕性は戻る」という説明を受け、それならば特に精子凍結に時間を割かずに治療を開始したほうがいいな、ということになりました。

そのときは自分ががんであるという状況そのものにまだ慣れていなく、自分がABVDで治らない1割のほうになる場合にどうなるのか、ということまで考えが及びませんでした。

 

しかし、実際はABVD治療中に再発しました!

 

再発・難治性ホジキンリンパ腫に対しては、基本的に「救援化学療法での寛解導入」+「自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法」が適用になるのですが、この大量化学療法によって既報によると、男性の場合で妊孕性が維持されるのは0%なようです1)2)(少なくともこの論文ではそう書いてある、ということに過ぎないといえば過ぎないのですが)。

 

実際には救援化学療法前に精子凍結したのですが、ABVDを5コース(10回の抗がん剤投与)した直後だったこともあり、無精子症ないし乏精子症な感じでした(元々、乏精子症だったかもしれないけどそれは調べてないからわからないです)。

 

子どもが欲しい人生だった。

そもそも生き残れるかどうか分からんのにこんなことを思うのは変かもしれないけど。。。。。。しかも未婚。

 

いま振り返ってみれば、妊孕性についてはガイドラインに則った説明をうけ意志決定をしたわけですが、「治療中の再発(=ABVDによる短期的な不妊状態から抜け出していない状態)という不測(?)の事態によって、私は妊孕性をほぼ喪失することになった」と言えると思います。浅はかだったと思います。

とにかく、これから抗がん剤を行なう予定で、将来的に子どもが欲しいかもしれない年齢の男女は、最初の抗がん剤をする前によく考えておいた方が良く、場合によっては何らかの手を打っておいた方がよい、と個人的には思います。

たとえその抗がん剤が、長期的な妊孕性喪失を伴わないもの(ABVDのような)であったとしても、その治療が上手くいかなくなった場合に妊孕性喪失を伴う治療に移行することが想定されうるなら、精子凍結や卵子保存を考えるべきだと思います(医師は初回治療が上手くという希望的観測を排して、上手くいかなかった場合の最悪の想定についても抗がん剤投与前に説明した方がよい気がする)。このレビュー4)とかには、ABVDでの精子凍結はオプションで考えよう、という結論で書かれており、妥当な結論であるとは思いますが、私のような状態になる可能性があることを考慮すると、患者が「子どもが好きである」「将来的に子どもが欲しい」という選好を有しているなら、オプションではなくマストだと考えてよいと思います。

精子卵子の保存は、それが抗がん剤治療による不妊の回避という目的であっても保険の適用外なので3)、お金はかかりますが、それでも考慮する余地はあると思います。

 

 

 

改めて自分が主張することでもないかもしれませんが、上記のように主張したいです。もしかしたら随分偏った意見を述べてしまったかもしれませんが、ご寛恕を乞いたく存じます。

 

 

  1. Socié, G., Salooja, N., Cohen, A., Rovelli, A., Carreras, E., Locasciulli, A., Korthof, Weis J., Levy V., and Tichelli, A. (2003). Nonmalignant late effects after allogeneic stem cell transplantation. Blood, 101(9), 3373-3385.
  2. 自家移植ではなく同種移植の場合の大量化学療法だと17-61%は妊孕性が残るらしいです1)。完全に予想ですが、やはり同種移植だと自家移植に比べて移植片対腫瘍効果が大きいから大量化学療法のシビアさは自家移植に比べて緩く、それによって精巣へのダメージも小さいのかなあ。ちなみに卵巣の場合はこれまた全然数値が異なるので、上記論文1)のTable 3を参照されたい。
  3. そもそも国家って、人間の存続と繁殖のための組織である、と考えると、存続のための手段である医療には手厚い保険制度があるのに、繁殖のための現行唯一の手段である有性生殖が脅かされたときに関する保証が充実していないというのは何故なのだろう。また、精子凍結は10万円未満くらいでできるのに、卵子保存はかなり高額になるのも辛い現実(自治体によっては助成しているところもあるみたいだけど)。
  4. Harel, S., Fermé, C., and Poirot, C. (2011). Management of fertility in patients treated for Hodgkin’s lymphoma. Haematologica, 96(11), 1692-1699.