悪性リンパ腫で頸椎溶けたことなど。

骨原発なホジキンリンパ腫患者の記録

放射線治療その2- 46Gy照射後の副作用とPET-CTとMRIでの評価と今後の予定

46Gyという照射量はホジキンリンパ腫にしてはなかなか多いのではないかと思う。腫瘍を消すためになるべく多く照射したいけど脊髄には50Gy未満しか掛けられないから46Gyかな、ということで決まった照射量。高まる線量、高まる不安と二次発がんのリスク。北海道はすっかり冬だなあ。

 

副作用ですが、照射しているうちは喉がイガイガするくらいだったのが、46Gyを終えて2日間ほど経ったあとから猛烈に喉が痛くなった。飲み込むたびに涙が出るくらい。痛み止めを飲もうかなと思ったけど、「今日より明日の方が痛いときのために今日は痛み止めを飲むのを止めておこう」という謎の心理で結局、飲まなかった。「こりゃ痛くてたまらんわ~」という時期は4日間くらい続き、その後は割とすぐ落ち着いた。落ち着いてメタルキングを狩りまくった。DS版DQ5の新キャラのデボラがあまりにも強い。

 

PET-CTを撮った。小さくなっているものの、頸椎前面の集積が見られた。また、全身の他の部位への転移を疑う集積はなかった。部分寛解での状態で自家移植併用大量化学療法になだれ込む運びになった。なだれ込み。5年全生存率が20%弱のパターン。悟り。

MRIでも、頸椎前面の腫瘍的な信号は小さくはなっているものの未だに消失せず存在していた。

もちろん、楽観的に解釈すれば、PET-CTでの頸椎前面の集積は放射線治療後の炎症で、MRIでの信号は消失過程にある信号を捉えたものと考えられなくもない。ただ今までの経過からしてそれは無理な解釈に思える。

 

明日から大量化学療法が始まる。「移植前処置」はMEAM療法で行なうことになった。非常にどうでもいいが、「移植前」という言葉がつくと、「移植こそがメインであり、前処置はサブ」という印象になるが、これは移植による殺腫瘍効果が期待できる同種移植においては正しいものの、抗がん剤自体の力を当てにしている自家移植併用大量化学療法については、適切ではないと思う。

 

この前処置は、これまでに受けた治療の中で最も治療関連死の確率が高いので、無菌室での個室ライフをエンジョイしつつ、なんとか生還したい。上手くいけば、今回の特別国会が閉会するまでには、この大量化学療法のことを記事に出来るかもしれぬ。

放射線治療その1 22Gy照射時点での副作用とMRIでの評価について

さきほど1日2Gyの照射の12回目を終え、放射線治療科の先生の診察を受けてきた。

 

副作用は、照射部位である首の左右のサイドの皮膚が赤みを帯びている(前面は照射されてないので赤くない)のと、食道の上のほうがイガイガする、例えて言うなら、お酒をたくさん飲みすぎた翌日、あるいは大声で叫んだあと、みたいな感じのイガイガ感。

という感じで、照射部位が痛くてたまらん!という事態は避けられた模様。痛くてたまらん場合は食事前に痛み止めを飲むらしいが、まだ飲んだことはない。

 

副作用を避けるための努力としては、皮膚に関しては放射線治療科で進められた保湿剤の利用と、入浴時に体を洗うときにこすらずに泡を乗っけるだけにする(しかも専用のめっちゃ高い石鹸で)ということ、また、食道のイガイガ対策については、病院食のご飯をお粥にしてもらうこと、食事の時以外マスクをし続けること、毎食後すぐに歯磨きして食道に近い口腔内だけでもせめて清潔に保つこと。放射線でただでさえダメージを受けている食道上皮に、感染によって炎症が起きたらさぞかし痛かろうと思って。しかし、これらの対策がどのくらい有効なのかは勿論不明。

 

効果ですが、救援化学療法として行なっていたICEの4回目のあとの無治療期間にレントゲンでハッキリと分かるくらい増悪していた第4頸椎前面の腫瘍は、16Gy照射後のレントゲンではほとんど目立たなくなっていた。ので、それなりに効いているとは思う。

ただ、先ほどの診察では、放射線の主治医はICEの2回目のあとのMRIと22Gy終了時点である昨日撮影したMRIとを比較し、「劇的に小さくなっているとは言えないが少なくとも悪くはなっていない」という表現をしていた。また、当初の予定では40Gyの照射であったが、これを延ばす予定である、ということも言っていた。具体的にどうするかは今日これからあるセミナー?症例検討会?みたいなので決めるとのこと。

 

レントゲン同士の比較では効果は明らかだったので、治療期間を延ばすことで完全な局所コントロールが可能となるならばまあ良しかな、と思うことにして、治療が再度延びるということでなんだかんだで受けてしまった精神的ダメージを和らげることにする。明治のスーパーカップを食べながらDS版のDQ5でフローラを救出しつつ。

 

放射線治療については、また何か区切りが付いたら書いておこうと思う。

救援化学療法その3- ICEの治療効果のPET-CTによる判定

前回、ICE療法2コース終了後のMRIの判定で、結果がとても良かった件について書きましたが、今回はICE療法4コース後のPET-CTの結果とその後の予定について書きます。アフェレーシスについては気が向いたら書くことにします。

 

PET-CTを、ICE療法4コースの2週間後くらいに受けました。前回、PET-CTを受けたのがABVDの4コース終了後で、そのときは第4頸椎でのFDG集積が見られていたのですが、今回も、小さくはなっていたものの第4頸椎での集積が見られました。画像診断科の医師のレポートの表現を借りると「縮小および残存を認める」というやつです。ICE療法の目的が寛解導入だったので、その目的は果たされなかったということになります。南無三。しかも、肺に新たな集積が見られました。結局、肺の影はPET-CTを撮ってから、無治療で5日後くらいに撮った造影CTではかなり薄くなっていたので、器質化肺炎か何かだろうということになり、体に残存しているホジキンリンパ腫は第4頸椎の部分のみであろう、ということになりました。

 

ESHAP療法の記事に書いたように、自家移植併用大量化学療法のまえに寛解導入できたほうが予後がよいので、なんとかかんとか寛解導入をしたいところなのです。しかしこれ以上、化学療法を続けても、これだけいろいろ試して消すことが出来ていない腫瘍を消すのは困難だろうという血液内科の主治医の先生の見立てのもと、放射線治療を行なうことになりました。

 

放射線治療の良い点は、局所的な腫瘍に対する寛解導入の成功率が高く、またホジキンリンパ腫にはよく効くことが知られていることです1)。また、化学療法の時のような全身的な副作用もないです。欠点は、放射線を当てていない部位については野放しなので、もし体の別の部位に転移があった場合は、そこの場所については時間のみ経過し、悪化の一途を辿ってしまうということです2)。また、今回は第3頸椎から第5頸椎を狙って照射するのですが、これがちょうど喉のところなので、喉が痛くなったり、声が出づらくなるという症状が一時的に出る予定です。

 

放射線治療は1日2グレイを照射していくのですが、これにかかる時間が15分程度とのことなので、通院での治療も可能だそうです。しかし、私は実家から病院までの距離が遠いため、入院で治療することになりました。抗がん剤の時は、全身がだるく、血球も減少していたので、変な言葉ですが、「入院し甲斐」があったのですが、今回の放射線での入院は、なまじ全身は元気なだけに、体力が余り、夜も寝付けないぜ、という状況です。無力と孤独の夜を眠気が迎えに来てくれるまでひたすら待ち続ける感じ(睡眠導入剤使用で)。まあ仕方が無いんですけどね。

今度は放射線治療がある程度すすんだらその感想を書きたいと思います。

 

1) かつてABVD療法を始める際に、「20代のホジキンリンパ腫ならABVDで90%以上は治るよ」と言われていたことを思い出した。そもそも骨原発のホジキンリンパ腫は、放射線科の担当医の先生も初めて見たらしい。このような珍しい症例に、一般的な「ホジキンリンパ腫には放射線治療がよく効く」という命題がどこまで通用するのかが問題だ。

2) 先のPET-CTでの肺の集積が転移だろうという判断であれば、放射線治療にはならず、アドセトリスという分子標的薬の投与で寛解導入を図るということになっていた。ただ、アドセトリスは効果は高いものの単独での完全寛解の導入率は、放射線治療ができたときに比べて高くないので、この肺の影については、ひやひやしていた。本当はまだ安心していないけど。

救援化学療法その2 -ICEの副作用と治療効果の途中経過-

ESHAP療法があまり効かなかったので、ICE療法を行なうことになった。

ICEとは、イホマイド(ナイトロジェンマスタードの一種。アルキル化剤。嫌だー)、カルボプラチン(白金製剤)、エトポシド(トポイソメラーゼII阻害剤)の頭文字をつなげたもの。

 

治療期間ですが、ESHAPが5日間だったのに対し、ICEは3日間で少しだけ短かい。これはとてもありがたい。

 

副作用は以下。

残尿感:イホマイドの影響か。一週間くらい。

吐き気:吐くほどではないけど吐き気(治療終了後3日間くらい)

食欲不振:同一週間くらい。

脱毛:眉毛とまつげ以外の全身のあらゆる毛が抜けた。後頭部の髪が無いと、頭を壁にもたせたときに皮膚がぺたぺたするという、新感覚。

腹痛:たぶん腸管粘膜障害。下痢では無いけど4~5回便が出る感じ。

 

治療効果ですが、良かった。ESHAP療法後、3週間1コースのこのICE療法を2コース、入院で行なった。1コース終了時点で喉の腫れてる感はかなり無くなり、レントゲンでも明らかに膨らみは小さくなってた。また、2コース終了時点でのMRIでは、腫瘍は約80%減になってた。このときCRPは久しぶりに0.05未満になった。主治医の先生も嬉しそうだった。母も喜んでくれた。周りのみんなが喜んでくれると、なんだか褒められているような気持ちになる。という束の間の黄昏。

これくらいの治療効果が得られていれば、ICEでの寛解導入も可能であろうという判断で、あと2コースICEを行なうことになった。その後PET-CTの予定。また、自己末梢血幹細胞の採取(アフェレーシス)を、このMRI撮影の1週間後くらいに行なった。アフェレーシスについては、別記事に簡単にまとめようと思う。アフェレーシス前にPET-CTをしていないことについての心配についても書いてみる。

妊孕性保存についての後悔

妊孕性(にんようせい、と読むらしいです)とは、文字通り妊娠のしやすさ(してもらいやすさ)のことを意味します。

 

化学的な抗がん剤は、単にがん組織を攻撃するだけではなく、体のあちこちの組織や器官にダメージを与えます。ダメージは骨髄や消化管上皮などだけではなく、生殖器官にも及びます。つまり、抗がん剤によって妊孕性が失われる可能性がある、ということです。

 

私の後悔とは、「ああ、最初に抗がん剤する前に精子凍結しておくんだった」というものです。

 

当初、ホジキンリンパ腫の標準療法であるABVD療法で治療をしていました。このABVD療法の開始前に、医師からは「あなたのケースならこのABVD療法で9割は治る」ということと、「ABVD療法で男性不妊になることは稀で治療終了後半年ほどで妊孕性は戻る」という説明を受け、それならば特に精子凍結に時間を割かずに治療を開始したほうがいいな、ということになりました。

そのときは自分ががんであるという状況そのものにまだ慣れていなく、自分がABVDで治らない1割のほうになる場合にどうなるのか、ということまで考えが及びませんでした。

 

しかし、実際はABVD治療中に再発しました!

 

再発・難治性ホジキンリンパ腫に対しては、基本的に「救援化学療法での寛解導入」+「自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法」が適用になるのですが、この大量化学療法によって既報によると、男性の場合で妊孕性が維持されるのは0%なようです1)2)(少なくともこの論文ではそう書いてある、ということに過ぎないといえば過ぎないのですが)。

 

実際には救援化学療法前に精子凍結したのですが、ABVDを5コース(10回の抗がん剤投与)した直後だったこともあり、無精子症ないし乏精子症な感じでした(元々、乏精子症だったかもしれないけどそれは調べてないからわからないです)。

 

子どもが欲しい人生だった。

そもそも生き残れるかどうか分からんのにこんなことを思うのは変かもしれないけど。。。。。。しかも未婚。

 

いま振り返ってみれば、妊孕性についてはガイドラインに則った説明をうけ意志決定をしたわけですが、「治療中の再発(=ABVDによる短期的な不妊状態から抜け出していない状態)という不測(?)の事態によって、私は妊孕性をほぼ喪失することになった」と言えると思います。浅はかだったと思います。

とにかく、これから抗がん剤を行なう予定で、将来的に子どもが欲しいかもしれない年齢の男女は、最初の抗がん剤をする前によく考えておいた方が良く、場合によっては何らかの手を打っておいた方がよい、と個人的には思います。

たとえその抗がん剤が、長期的な妊孕性喪失を伴わないもの(ABVDのような)であったとしても、その治療が上手くいかなくなった場合に妊孕性喪失を伴う治療に移行することが想定されうるなら、精子凍結や卵子保存を考えるべきだと思います(医師は初回治療が上手くという希望的観測を排して、上手くいかなかった場合の最悪の想定についても抗がん剤投与前に説明した方がよい気がする)。このレビュー4)とかには、ABVDでの精子凍結はオプションで考えよう、という結論で書かれており、妥当な結論であるとは思いますが、私のような状態になる可能性があることを考慮すると、患者が「子どもが好きである」「将来的に子どもが欲しい」という選好を有しているなら、オプションではなくマストだと考えてよいと思います。

精子卵子の保存は、それが抗がん剤治療による不妊の回避という目的であっても保険の適用外なので3)、お金はかかりますが、それでも考慮する余地はあると思います。

 

 

 

改めて自分が主張することでもないかもしれませんが、上記のように主張したいです。もしかしたら随分偏った意見を述べてしまったかもしれませんが、ご寛恕を乞いたく存じます。

 

 

  1. Socié, G., Salooja, N., Cohen, A., Rovelli, A., Carreras, E., Locasciulli, A., Korthof, Weis J., Levy V., and Tichelli, A. (2003). Nonmalignant late effects after allogeneic stem cell transplantation. Blood, 101(9), 3373-3385.
  2. 自家移植ではなく同種移植の場合の大量化学療法だと17-61%は妊孕性が残るらしいです1)。完全に予想ですが、やはり同種移植だと自家移植に比べて移植片対腫瘍効果が大きいから大量化学療法のシビアさは自家移植に比べて緩く、それによって精巣へのダメージも小さいのかなあ。ちなみに卵巣の場合はこれまた全然数値が異なるので、上記論文1)のTable 3を参照されたい。
  3. そもそも国家って、人間の存続と繁殖のための組織である、と考えると、存続のための手段である医療には手厚い保険制度があるのに、繁殖のための現行唯一の手段である有性生殖が脅かされたときに関する保証が充実していないというのは何故なのだろう。また、精子凍結は10万円未満くらいでできるのに、卵子保存はかなり高額になるのも辛い現実(自治体によっては助成しているところもあるみたいだけど)。
  4. Harel, S., Fermé, C., and Poirot, C. (2011). Management of fertility in patients treated for Hodgkin’s lymphoma. Haematologica, 96(11), 1692-1699.

救援化学療法その1 -ESHAP療法の副作用と治療効果と感想-

5月末に再入院して、救援化学療法1)というものを開始しました。この救援化学療法の成績で5年生存率が40%ほど増減するようです2)

 

医師から、救援化学療法の具体的なレジメンとして採用する可能性のあるものとして3つ挙げられ(ICE、ESHAP、もう一つは何だったか忘れました)、そのうちのESHAPをまず最初に試すことになりました。ESHAPが選ばれた根拠は、3つのなかでESHAPがホジキンリンパ腫に対しては治療成績がよい、という結果の論文ないし報告があったからだそうです。

 

ESHAPはABVDに比べて長かったです。何が長いかと言えば、治療にかかる日数です。ABVDは外来治療だとだいたい4時間とかで終わりますが、ESHAPは5日間も抗がん剤の日々です。気が滅入りますね。しかも、神経障害(特に聴神経)、腎機能障害を起こすことで有名なシスプラチンも含まれています。白金製剤というやつです。腎機能は大事なので、シスプラチンの投与付近はとにかく水を多く飲みました。

 

副作用は、やはり吐き気と食欲不振は不可避でした。ただ、今回もABVDのときと同様に大量に吐き気止めを併用してもらっていたおかげか、実際に吐くことはなかったです。今回は、病院の売店で「のりたま」を買ってごはんに掛け、ごはんを味噌汁に突っ込み、とりあえず、白米と味噌汁は食べる、という目標で日々を過ごしました。また、抗がん剤で食欲のないときでも、何故かカップラーメンは食べれるらしい、ということを同じ病室の方達が話しているのを聞き、実際に夜食にミニカップヌードル(カレー味)を食べてみたところ、完食できました。なぜ、カップラーメンなら食べれるのかは謎ですが、これ以降、ミニカップヌードルは入院中の夜食の定番になりました。ただ、白金製剤も投与していたので、腎臓の数値(特にクレアチニン)に超注意しつつでしたが。

いま思うと、聴覚障害もでてました(そういえば医師や看護師に言ってなかった)。この治療のあとのしばらく、耳鳴りのする頻度がこれまでの人生におけるそれと比較して、明らかに高かったです。でも、ESHAPが終わって1ヶ月くらいで治りました。シスプラチンによる聴覚障害は治りにくいと言われていたので治ってよかったです。

腎機能の数値は、結局、一回も正常範囲から外れずに済みました。腎機能障害防止のための水分の点滴が効いたのかもしれません。

あと、髪の毛の抜ける量がABVDのときとは比べものにならないくらい多かったです。

 

 

治療効果ですが、端的に言ってダメでした。ESHAP開始前と終了後のMRI画像と比較して、腫瘍の大きさは10%減くらいでした。救援化学療法の選択肢は他に2つあり、かつ放射線療法も適用かもしれない、という状況だったので、再度ESHAPを試みるよりは別の選択肢を試すのが妥当であろう、ということになり、AVBD、ESHAP、に次ぐピッチャーとして、ICE療法が登板することになりました。

 

 

  1. 救援化学療法とは、標準療法で寛解に至らなかった、あるいは再発してしまった場合に行なう、標準療法とは別の化学療法のことです。今回の私のケースだと、ホジキンリンパ腫の標準療法であるAVBD療法のかわりに別の化学療法をやるよ、ということになりました。この救援化学療法の目的は、もちろん寛解導入なのですが、その先に、自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法、という治療を予定しているものです。自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法とはなんぞや、ということですが、普通なら副作用(主に骨髄抑制)のために投与できない量の抗がん剤を打ち、がん細胞を叩きます。しかし当然ながら甚大な骨髄抑制で血球が回復しなくなってしまいますが、大量の抗がん剤の投与前に採って置いた血を作る元になる細胞(造血幹細胞)を点滴することで、体の中でこれらの元気な造血幹細胞が生着し、増殖、分化し、また血球が増え始めます。「自家末梢」、というのは、「自分の末梢(=骨髄のなかとかではない、そこらへんの血管の中)にでてきた造血幹細胞を使うよ」の意です。
  2. National Comprehensive Cancer Network (NCCN)のVersion 2.2013(日本語訳版)によると、再発・難治性ホジキンリンパ腫の自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法の前に寛解を導入できた場合と出来なかった場合の移植後の5年全生存率は、ある研究データでは66%と17%、別のでは79%と17%となっています。ちなみに、主治医によると、自家末梢血幹細胞移植併用大量化学療法をせず、救援化学療法のみで治療を終えた場合の予後は非常に悪い、ということだったので、この治療をしないという選択肢は自分の中ではなくなりました。

いろいろ端折りますが現状は・・・

本当は時系列順に記事を書いていこうと思っていたのですが、再入院することになったので、ざっくり現在の状況を書いておこうと思います。

 

東京から実家のある北海道に移ったあと、ホジキンリンパ腫の治療であるABVD療法が開始したのですが、首の骨の状態が悪化して、このままでは全身不随になるということで、頸椎の後方を金属で固定する手術を受け、年末は一人で病室で紅白を見て過ごしました。その後、なんやかんやあって、体重は10kgほどおち、BMIも14台にまでなり、まあまあヤバかったですが、通院治療になってからは食べる量を増やして元通りの体重に回復しました。8回目のABVD治療(つまり、4コース終了時)の中間PET-CTで、全身に存在していた転移は全部消失していましたが、第4頸椎の近くに陽性反応がありました。この陽性反応については、このPET-CTを撮影する1ヶ月くらい前の40度くらいの熱が1週間くらい続いたときの炎症の残りの水分の貯留という診断が最初つきましたが、1ヶ月後にMRIを撮った際に水ではなく腫瘍であるらしいことがわかり、おそらくABVD耐性細胞が増えた物であるらしいと言うことになり、ABVDは中止して、詳細未定ですが、強化療法あるいは大量化学療法併用末梢血自己幹細胞移植などの作戦変更する運びとなりました。本当は組織化学的に生検とるのが筋ですが、第4頸椎の近くという場所が場所だけに、生検とるには全身麻酔で首を開けることになり、そうするとそれだけで治療が1ヶ月弱遅れることになるから、この腫瘍はホジキンリンパ腫の残存腫瘍であると決め打ちする予定です。

 

思えばABVD療法は楽な治療だった。2週間で1回の治療、というペースなのですが、確かに5日くらいは気持ち悪いけど、残りの9日は快適に入院ないし実家生活をエンジョイできたからなあ。。。副作用も吐き気と髪の毛ぬけるくらいだったし。味覚障害とか爪の変質とか無視できるレベルだったし。

治療して治すことが大事なのはわかっているが、これまでのように呑気に副作用をやり過ごせなくなることが怖い。とりあえず造精能の廃絶が不可避なのは子ども好きとしては、はぁ~、という感じ。そもそも結婚できないだろうかもしれんが。

 

とりあえず副作用をのらりくらりとやり過ごすことに全力を尽くそう。

 

語尾が丁寧語から常態に移り変わっていくのが精神の不安定さをよく表している気がしたので直さずにそのままアップロードしておく。